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“北方領土は大戦の結果 ロシア領になった”日本に容認要求

NHKニュース
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  • 明らかロシア領だけどグレーにしとくってのがベターじゃやないかな。国民の認識の乖離があるし、負けるから言えない。
    今は、クリミア半島だったりシリア問題(ロシアが参戦した事ではなく、国境なき医師団への爆撃など)で制裁があるべきだから今は身を引く。


注目のコメント

  • 専修大学・経済学部(国際経済) 専任教員

    ここは日付の問題が絡む。
    日本が降伏の意思を示したのが8/14、そのことを日本で一般が知ったのは8/15、最高司令官が日本に降りたのは8/30、降伏の調印をしたのが9/2。
    本来なら8/14までだとは思うが、百歩譲って9/2までに完了しているならまだその説明は出来るのかもしれない。
    しかし、9/2以降の部分が先の大戦の結果と言うのは、少し意味が違う。9/5までかかっている以上、先の大戦の結果とはならないかと思う。

    講和条約で放棄しているという話があるが、講和条約はソ連の名前がない。あそこで名前をいれていないからまだ対ソ戦争は終わったことにはなっていない。だからこそ、先の大戦の結果、ロシア領になったというには9/2までの範囲に限る必要がある。
    本来、この3日がなければ日本は主張できなかったはずである。
    その9/2以降の分としての代替として政治決着としないと筋は違うと思う。

    筋は違ってもちゃんと2島返還するなら、のむ意味はあるが。

    それにしても鈴木内閣も厄介な宿題を残したものである。本来、7/26の段階で黙殺せず受託していれば8/8を迎えずに済んだ。8/6の段階で受託しても8/8には何とか間に合った。
    また、講和条約にソ連の名がないなら、マッカーサーラインを北海道で引かなくても良かった筈である。

    また、日ソ共同宣言をちゃんと国会批准したのは、今では正解だったと思われる。あそこを基準に出来るから交渉が始められる。


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    静岡県立大学国際関係学部 准教授

    戦争に負けたからといってどんな要求でも呑まなければいけない、というようなことはないし、そんなことでは際限がなくなります。戦後の処理にも、一応ですが、国際的なルールがあります。ロシアの北方領土が第二次世界大戦の結果ロシア領になった、という主張に正当な根拠があるのか、が問題になります。
     戦後の処理・賠償についての国際ルールは20世紀に大きく変わっており、しかも明文化されていない部分が大きいです。第二次世界大戦以降の原則は、国家間では領土の割譲や金銭による賠償は求められない、ということです。ただし、民間への補償は請求されますが、北方領土はあくまで国家間の領土問題です。
     戦争に負けたからといって領土の割譲は求められませんが、旧状への復帰は求められます。第二次世界大戦の場合、戦前からのドイツと日本の領土拡大も否定されました。連合国の首脳が戦後処理を協議したヤルタ・ポツダム会談では旧状への復帰は決められましたが、個別の領土については合意されなかったところが多いです。ドイツは、1938年に併合したチェコスロバキアも放棄しました。しかし、ドイツ人の中世以来の入植地である東プロイセンについては1990年まで領有権を放棄しませんでした。
     日本の場合、第二次大戦後に放棄したのは、朝鮮半島、関東州、南洋諸島、台湾、そして南樺太でした。つまり、第一次大戦や日露戦争、日清戦争で併合した領土についても「侵略戦争」によるものであったという中国とロシアの主張が通り、放棄しました。 
     しかし北方領土は別で、1875年、榎本武揚外務大臣の時の樺太・千島交換条約によってロシア帝国と合意して確定された領土です。「クリル諸島(北方領土)は日露戦争の時に日本がロシアから奪った」というのはロシア人に広く見られる誤解ですが、「侵略戦争」で日本が奪った、といういい分には無理があります。
     日本政府の主張するべきことは、北方領土の領有は「侵略戦争」の結果ではなく、ヤルタ会・ポツダム会談の合意には該当せず、日本に領有権があるということです。ヤルタ・ポツダム会談自体は米国でも絶対的な国是なので、日本が否定するのは無謀です。河野外務大臣や外務省が思っているかもしれない、(ロシア領と承認すれば2島だけは返してくれるのではない)というような希望的に過ぎる発想は、付け込まれるだけに終わります。


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    ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE, ロンドン大学) 客員研究員

    日本は1945年8月15日の時点でポツダム宣言の受諾を決定し、全軍に停戦命令を出している。ソ連の南樺太・千島列島への侵攻はその後の話なので、ソ連は侵略によって千島列島を奪い取ったことになる。それが第二次世界大戦の結果だと言われればそれまでだが、将来的な日露関係の進展は期待できないだろう。


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